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翻訳者自身が、翻訳作業をしていて、なるほどと気づいた事や学んだ事を記したものです。

ガラテヤ人への手紙の
翻訳を通して気がついた事

"似ているようで 全然違う手話"



■「〜多くの子を産むから〜」 4章27節

手話に変えると「産む+産む+産む+スムーズ」
もし、「産む+スムーズ」だとしたら、痛くも苦しくもなく
スムーズに産むという安産を現すが、「産む」を複数に
現すと、「沢山の子を産む」という事になる。


■「信仰」という手話 難しかったな

「信仰」はキリスト教のみでなく、あらゆる宗教において
も「信仰」ということばが使われている。
しかし、キリスト教の「信仰」と一般の「信仰」は意味が違うため、
どのように表現したら苦労した。例えば、

2章16節の
「キリスト・イエスを信じる信仰によって」
3章8節の
「神が異邦人をその信仰によって義と認めてくださる」

2箇所とも同じ「信仰」ということばが使われている。


クリスチャンが大抵使っているキリスト教専門用語の手話

私たちクリスチャンが使っている「信仰」の手話(図1)は、
一般のろう者の間では使わないため、
胸にあてて「キリスト+(概念を持って)信じる(図2)」ならどうかと思った。



3章8節の場合、
「神が異邦人を(キリスト+信じるによって)義と認めてくださる。」
に使えるが、
2章16節の場合、そのまま表現すると、
キリスト・イエスを信じる+キリスト+信じる」ということになり、不自然である。

しかも、3章9節の「信仰の人アブラハム」とあるが、アブラハム時代では
まだ「キリスト」という名が出ていないので、(図2)ではおかしい。

色々考えたあげく、どれも使えるように(図3)になってしまった経過がある。

(図3)「信じる」の形をしているが、少し間をおくと「信仰」
間をおかないと「信じる」という表現になる。





ViBiNewsLetter29号より



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