「つまずきって転ぶこと?」/ViBiNewsLetter27号より/ 戻る




「つまずき」って転ぶこと?




「つまずき」といえば、聖書の中でよく出る言葉であり、キリスト教用語にもなっている。クリスチャンの間でもよく使われる「つまずき」だが、はたして本当に理解されているかどうか考えてみたい。ここでは少学館の新選国語辞典で調べてみた。


歩いて、あやまって足先を物につきあて、倒れそうになる。
途中でさしつかえ{妨げ、邪魔}ができる。
しくじる、失敗する
の3つの意味が入っていることが分かる。

手話の「つますぎ」は、一般では@の意味としてとらえて表現する。
またはの「倒れそうになる」だけでなく「転んでしまう」事も意味する。聖書で言えば、レビ記19:14がその例である。他にも沢山ある。

 
「つまずき」の手話


でも、日本語聖書の「つまずき」の場合は、「転んでしまう」という手話でそのま
ま手話翻訳に出すのが難しい部分が多い。

マルコ9:43がその一つだ。

この場合、新共同訳、新改訳では「つまずかせる」「つまずきとなる」と翻訳されていて、それに対して口語訳では「罪を犯させる」になっている。この個所で手話の
「つまずき」を入れると誤訳になるので、口語訳の翻訳をとって「つまずき」を使わ
ず「罪を犯させる」になる。

つまり、日本語ではの意味もあり、「つまずき」は正しい翻訳になるが
手話の「つまずき」は日本語の「つまずき」と100%一致するわけではない。
(※下の図を参照)


「つまずき」の意味の相違点

は共通している意味を示す。は日本語のみにある意味を示す。




手話の「つまずき」をそのまま使うと、
「えっ?人を転ばせることは、そんなにひどい罰を受けるのか」
などといった誤解をして読み取ってしまう危険性がある。



日本語と手話はお互いにそのまま直訳する事はできないものだ。

同じ言葉でもそれぞれ意味が違う所が沢山ある。ViBiの手話訳聖書はあくまでも一般向けであり、
クリスチャンが使うような独特の言葉はできるだけ避けている。(教会用語の多くは日本語に近い
使い方で、ろう者クリスチャンさえよく分からない場合がある!)

クリスチャンに限らず、ろう者が理解できる聖書を翻訳するため、2000年前の作者の伝えようとす
る意味を理解し、現代日本手話でそれを表さなければならないのだ。 是非、この難しい仕事をお
祈りで支えて下さい。


ViBiNewsLetter27号より


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