「つまずきって転ぶこと?」/ViBiNewsLetter27号より/ 戻る

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「つまずき」といえば、聖書の中でよく出る言葉であり、キリスト教用語にもなっている。クリスチャンの間でもよく使われる「つまずき」だが、はたして本当に理解されているかどうか考えてみたい。ここでは少学館の新選国語辞典で調べてみた。 |
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| の3つの意味が入っていることが分かる。 ■手話の「つますぎ」は、一般では@の意味としてとらえて表現する。 または |
| ■でも、日本語聖書の「つまずき」の場合は、「転んでしまう」という手話でそのま ま手話翻訳に出すのが難しい部分が多い。 マルコ9:43がその一つだ。 この場合、新共同訳、新改訳では「つまずかせる」「つまずきとなる」と翻訳されていて、それに対して口語訳では「罪を犯させる」になっている。この個所で手話の 「つまずき」を入れると誤訳になるので、口語訳の翻訳をとって「つまずき」を使わ ず「罪を犯させる」になる。 つまり、日本語では 手話の「つまずき」は日本語の「つまずき」と100%一致するわけではない。 (※下の図を参照) |
「つまずき」の意味の相違点 ![]() |
| 日本語と手話はお互いにそのまま直訳する事はできないものだ。 同じ言葉でもそれぞれ意味が違う所が沢山ある。ViBiの手話訳聖書はあくまでも一般向けであり、 クリスチャンが使うような独特の言葉はできるだけ避けている。(教会用語の多くは日本語に近い 使い方で、ろう者クリスチャンさえよく分からない場合がある!) クリスチャンに限らず、ろう者が理解できる聖書を翻訳するため、2000年前の作者の伝えようとす る意味を理解し、現代日本手話でそれを表さなければならないのだ。 是非、この難しい仕事をお 祈りで支えて下さい。 |